500年後の50年前
(…ここへ来るのも、久しぶりだな。)
犬夜叉は、自身の名前が付けられた森の場所に来ていた。しかし今ここを犬夜叉の森と呼ぶ人はいない。
森の入り口だった所には、鳥居が建てられていた。
(日暮神社…)
そう書かれた鳥居を通って石段を登り、振り向く。神社の下には、町が広がっていた。
(やっぱり、かごめの国に、似てきている。)
犬夜叉には少し前から気になっている事があった。初めて妙な感覚を覚えたのは数十年前。かごめが最初よく自分の国から持ち込んでいた、鉄の車にそっくりな物を見かけた時。乗ってみようとしたが全然乗れない所までそっくりだった。
その後、かごめが着ていた着物と色や裾の長さは違うが似た物を若い女性が着ていたり、最近だと屋台の中華そばという物がかごめの国の忍者食と味が似ていた。ただし、蓋をあけお湯を入れて三分でできる物では無いらしく、店の人に話したらそんな都合の良い物はないと笑われた。とにかく、かごめの国にしか無いと思っていた物が最近になって似た物が出てきている。かごめは自分の国がどこにあるのかを全く言わなかったので、非常に遠い場所にあると思っていたのだが。
(…かごめがいた国は…)
境内を散策する。近づいてはいるが、違う所もある。わかりやすい所では神社の構内にある家で、かごめが住んでいた家とは異なっていた。一方で骨喰いの井戸は小さな建物で囲われていて、かごめの国とほぼ同じ姿になっていた。
そして自分が封じられていた木の前で、かごめと初めて会った時を思い出す。あれはもうどのくらい前だったのだろう。一つ言えるのは、半妖である自身が老いたと思えるくらいの時が経っている、という事だ。
(かごめ…)
風になびいた布の先を鼻に近づける。耳の部分に被せている手ぬぐいを。もうかなり前から人間のいる所へ行く時は耳を隠すようにしていた。何よりかごめが使っていた物で、今もわずかだが匂いが残っている。
「参拝に来た方?」
手ぬぐいをほどこうとした時、不意に声をかけられた。縛り直して振り向くと、見知らぬ少年が立っていた。
「あ、驚かせてごめん。」
しかし、妙にどこかで嗅いだ覚えのある臭いだった。
(かごめのとこにいた弟か?いや、そんなわけはねぇ。)
あまりに昔過ぎて、そしてどこかで覚えはあるのに少し違う気もして思い出せない。
「お前はここで何やってんだ?」
「帰ってきただけだよ。ここ、僕の家でもあるから。」
いろいろ考えてる途中に声をかけられたのもあり、話を早めに切り上げたかった。
「そうか。俺は参拝というか、いろいろ見てるだけだ。早く行け。」
少年は最初家の玄関へ向かったが、その間犬夜叉が木から離れない事に気づくととたとたと戻ってきた。
「…どうした。」
「御神木に興味あるの?」
「ま、まぁな…」
御神木。確かかごめも、この木の事をそう言っていた。
「もしかしてこの神社の言い伝え聞きたい?僕知ってるよ!いっぱいいーっぱい教えるよ!!」
ぱあっと少年が元気になった。そして家に入ってドタドタと音を立てた後、透明な玉を持ってきた。
「これ、何かわかる?」
「ガラス玉。」
「違う!四魂の玉!!」
「四魂の玉ぁ!?」
もう何百年も聞いてなかった言葉に戸惑うも、数秒ほど玉を見つめ…自分の記憶の中の物とは全く違う事を確認し、落ち着いて言葉を返す。
「…やっぱりただのガラス玉だろ。」
「これがうちのビー玉の中で一番きれいだから四魂の玉って事にしたの!!」
「つまりガラス玉じゃねぇか!?」
「てか、四魂の玉知ってるの?」
「……」
正直、四魂の玉に翻弄された一人である。しかし、そんな事を言っていいのだろうかと悩んでいると、少年は勝手に話し始めた。
「知らないようだから教えるね。四魂の玉はどんな願いも叶うと言われていて、巫女が妖怪から守っていて…」
(巫女…多分桔梗の事だな…)
「なんかあり得ないと思ってそうな目つきだけど本当にあったんだよ。書かれた古い本も見せたいけど勝手に持ち出すなと言われてるし。」
昔を思い出して複雑な表情になっている所を勝手に解釈してくる。わからないのも仕方ないが。
「わかったから続きを話せ。」
「巫女が亡くなる時に一旦玉も無くなったけど、しばらくしてまた現れて…今度は別の巫女と武士が一緒になって玉を探して…」
正直、長い。そして、くどい。
(巫女と武士ってかごめと俺か?…まあ細かい所が違うのは別にいいが…)
「…正しい願いを選んだとき、玉はこの世から消えたって。」
(…しかし体験した物をこう聞かされるってこんなに複雑な気分になるのか…)
「ねえ、聞いてた?」
長いと感じていたが、考え事をしているうちに話は終わっていた。
「お、おう、聞いてた。」
「本当に?聞いてたなら質問とかある?」
「本当だ。…玉を探したのは巫女と武士としか伝えられてないのか?名前とか。」
「んー、なぜか名前は伝わってない。でも武士はすっごく強かったとあるから、どんな感じの人だったのかは僕もすごく気になってる。」
「…人?」
「うん、数多くの妖怪を簡単に斬り倒すってどんな強い人だったのかなって。」
「そうか…人か…」
明るい顔で少年は話すが、それが更に犬夜叉を何とも言えない気持ちにさせていた。
(名前はともかく、半妖って事も伝えられていないんだな…)
「?」
しかし、目の前の少年とは関係無い事だ。他の話題を探す。
「何でもねぇ。他の言い伝えはないのか?」
「他だと…あ、これとか!」
そう言って少年が持ってきたのは、
「河童の手のミイラ!こっちは本物!!」
「……」
確かに河童は実在する。犬夜叉も何度か見た。しかし、見たからこそこれは作り物である事はすぐにわかった。臭いも違う。
「言っとくがこれ、真っ赤なニセも…」
「友達にも同じ事言われたけど本物だよ!僕のじーさんが知り合いからもらったんだよ!」
「それじーさんとやらが騙されただけだろ。つーか神社の言い伝えですらねーだろ!?」
…ん?じーさん?
少しずつ近づく風景。どこかで嗅いだけど少し違う臭い。そしてこの勢い。
「おまえ…」
「え、なんだよ急に。」
…ようやく一本の線になった。
「あのじじいか!!」
思わず声が出た。
「誰がじじいだ!!」
目の前にいるのは少年なので、こう返されるのは当たり前であった。
「じじいはそっちだろ!?」
老いたと感じていたとはいえ、さすがにじじいと言われるのは初めてだった。白髪でそう思われたかもしれないが、元は自分のせいなので必死に犬夜叉は殴りたい気持ちを抑えた。
(あの違いは、加齢臭が無かったからか…)
そして、少年の正体に気づいた途端、様々な感情が犬夜叉を駆け巡っていた。
「もー、まともに聞かないなら僕帰るからね!?」
「おう帰ってろ帰ってろ。」
少年は不機嫌なまま家に入って行った。
周りに人がいない事を確認し、改めて犬夜叉は手ぬぐいをほどく。風の中で、髪と一緒に少しだけ犬耳が揺れた。
(かごめの国は…遠い所ではなく、遠い時代にあったんだ。そして、近づいてきている。)
あと数十年もすれば、この時代は『かごめの国』になるのだろう。その結論に至って最初に出てきたのは、再び会いたいという気持ちだった。
(会いたいが…無理だ。『俺』に気づかれたくない。)
しかしそれでも、遠くからでも、再びかごめを見る事はできるかもしれない。それは素直に嬉しかった。そして犬夜叉は、石段に別の人影が見えるまで境内に立ちつくしていた。境内の空気を感じていた。
次に自分がここに訪れる事ができるとしたら、『かごめがいなくなった後』であるだろうから。
かごめの国にて。
「かごめー、迎えに来たぞ。」
「ちょっと待って、リュックがうまく閉まらなくて…」
身支度をしている途中のかごめを犬夜叉は連れて行く。玄関で、かごめの祖父と目が合った。
「……」
「何ジロジロ見てるんだよ。」
「おぬし、昔どっかで見た気がするんじゃ。」
「はあ?俺は全く覚えはないぞ。」
そのまましばらく見つめられた後、ぼそっとつぶやかれた。
「…気のせいじゃな。確かあっちはもっと老け顔じゃったし。」
「…絶対違うぞそれ。」
「あ、やっと閉まった。」
あきれ顔な犬夜叉の横で、かごめはリュックをパンと叩く。
「じゃあ行ってくるねじいちゃん。」
「気をつけてな。」
犬夜叉とかごめは骨喰いの井戸へ飛び込んでいった。
執筆最終更新日:2019年6月10日
いつ以来の小説更新なんだ、と思って調べたら、るーむっく投稿作品を除くと10年以上ぶりとわかってもう本当…どんだけ書いてなかったの…。(てかるーむっくを入れても3年ぶりである)
よく未来想像で大人になった七宝とか、過去想像で桔梗くらいの年齢になった楓とかはよくあるけれど、他に何か無いかなと思っていたらふと降ってきたのがこの少年時代のじいちゃんで、これは他に見た事が無いと断言できるぞ!むしろいたら教えて!!←
私の現代の犬夜叉の想像はこんな感じで、生きてはいるけどそれなりに年取った見た目になってます。殺生丸は全く姿が変わらないので会う度にそこを突っ込まれ、そのために昔より更に殺生丸に会いたくなくなっているというどうでもいいネタまで考えています(^_^;)。
犬夜叉の連載期間が長すぎて50年前ってどの辺だよとなってる気がしますが、作中でかごめの友人が携帯電話を持っているシーンがあるので、中学生に携帯電話が一般的になった頃の50年前、簡単に言うならチキンラーメンが出る少し前くらいを考えてます。犬夜叉を笑っていた屋台の店主はカップヌードルが出た時にどんな反応をするのか(どうでもいい)