とんでもない亡霊
それはある夕方のこと……。
「毎夜、なぜか村の男が必ず一人はどこかへ連れ去られて行くんです。」
「そして、次の日の昼頃には帰ってくるのですが、何があったのかさえ言うこともなくただ一日中がたがた震えているだけで……そのまま病気になってしまう人もいるんです。」
「妖怪に何かされているに違いありません、どうか、お助けを……」
「けっ、まーたただの人助けかよ。」
不満そうに言う犬夜叉。
「いいじゃないの、犬夜叉。」
それをかごめがなだめる。
「犬夜叉、かごめ、そういう問題じゃないと思うのじゃが……」
そこへ割りこむ七宝。
「え、七宝ちゃん、どうしたの?」
「あっち見てみい。」
「ん……?」
「私の子を産んでくれませ……」
弥勒は村の若い女に目を付けたらしく、またいつものセリフを言っている。
しかし、
ごんっ
「法師さまっ…!」
やっぱり珊瑚に止められた。
「もう、法師さまこういう時まで何言ってんのよ!」
「すまん、かわいいおなごがいるとつい……」
「…結局勝手に解決してるからいいんじゃねーか?」
「みたいね。とにかく、妖怪退治行きましょう。」
「でも、もうすぐ夜じゃ。おら、なんか怖い……」
「夜が怖くて妖怪退治に行けるかってんだ!」
「……犬夜叉。今日はこの村に泊めてもらって明日妖怪退治に行きましょうよ。」
「なっ、かごめまで急に言うこと変えやがって……」
「うーん……その方がいいよ。」
「あれ、珊瑚ちゃんいつの間に話に…?」
「焦るな犬夜叉。毎夜村の男がどこかへ連れ去られるのであるなら、夜に私達がその後をついていけば普通に探すよりも簡単に妖怪が見つかるはずです。」
「弥勒様まで……いいわよね、犬夜叉。」
「けっ……。」
犬夜叉は顔をつんとしつつも、かごめ達に同意した。
その夜。村人に布団を敷かれたのだが、犬夜叉一行は寝ることなく外を見ていた。
「おら……眠いぞ……」
「七宝ちゃん、我慢よ。」
「にしてもなかなか出ねぇな。」
「もうそろそろでも良さそうですけどね。」
その時…
何か白く光る人魂らしき物が山から出てきた。よりによって犬夜叉たちの目の前にそれがくる。
「けっ……たかがあんな人魂、一発で引き裂いてやろうじゃねーかっ!」
「犬夜叉、待ちなさい!」
犬夜叉は弥勒の忠告も聞かずにその場から飛び出し、人魂に爪を立てる。が、それは犬夜叉の爪を受け付けないどころが、爪にまとわりついてはなれない。
「な……なんだこりゃっ。」
跳び回りながら腕をぶんぶん振る犬夜叉。しかし、それはやはり全然離れず、大きく広がって犬夜叉の体を飲み込んで行く。
「………」
その薄くぼうっとした光は犬夜叉全体を包み込んだ。犬夜叉は何も言わなく抵抗もしなくなり、何事もなかったように地面に降りる。そして、山に向かって歩き出した。その目はうつろで……。
「犬夜叉……一体どうなったんじゃろ?」
「恐らく、何かに取り憑かれたのでしょう。本当はしばらく様子を見たかったのですが……犬夜叉の後に付いて行きましょう。その先に妖怪がいるはずです。」
「もしも何かあったら、その時はかごめちゃんのおすわりで……」
「うん、わかった。」
そこはかなりの山奥だった。犬夜叉は少しふらつきながら歩いている。そしてその後を隠れながら追うかごめ達。
「犬夜叉、どこまで行くんじゃろ?」
「かごめちゃん、言う準備はできてるよね?」
「そりゃそうだけど……」
「……みんな静かに。」
「え?」
「他に何かいます。」
犬夜叉の足が止まった。それとほぼ同時に、犬夜叉の前にさっきよりも少し大きめの人魂が少しずつ浮かび上がってくる。
『ねえ……そこの犬耳の人……』
「ひ、人魂が喋った…」
「法師さま、声からして……」
「恐らく、若い女の人の亡霊ですね。」
その人魂はしだいに人間の形へと変わって行く。
『犬耳の人……どうか……』
そして……
『このお尻を…触ってくれませんでしょうか?』
ぴしっ
(な、何……あれ妖怪…じゃないけど……本当に女の人ぉ!?)
かごめ達は一瞬固まった。と言うのも、確かに妖怪ではなく亡霊なのだが、どう見てもふつうの女の人にしてはかなりすごい顔や体つきであったからである。
まず、胴が背丈と同じぐらいになっていて、ものすごく太っている。そして、顔も横のだ円形で、普通の人の倍はありそうな唇と、とても細い目。何と訳したらいいのかわからないほどである。あえて言うなら太りすぎのおすもうさんだろうか。
犬夜叉も少しどきっとしたのか、体が一瞬震える。それと同時に、体を包んでいた何かの白いもやもやが、すうっと飛ぶように消えた。
(あれ、俺あの後一体……ん゛!?)
「だ……誰だてめーは?」
驚きを隠しながら訪ねる犬夜叉。
『うう…また失敗してしまった……』
「はぁ?」
『でも、あなた優しそうだからやってくれるわよねぇ?』
「何のことでいっ。」
『…このお尻を触ってくれませぬか?』
「……あ゛ぁ?」
『だから、お尻を……』
(こいつさっきから何意味のわからねぇことをぶちぶちと……)
「散魂鉄……」
「おすわりっ!」
ぐしゃっ
亡霊に襲いかかろうとした犬夜叉はかごめの一声で止められた。
「かごめ、いつからここに……ってか、何しやがる!」
「だって、なんかこの人別に悪くなさそうだし……ねぇ。」
「とりあえず、話を聞けばわかるでしょう。」
弥勒は冷静な顔で言った。
『私は生前、白鷺村の人だったんです……。』
「し……白鷺村ですか?」
少しどきっとする弥勒。
「知ってるの?弥勒様。」
「はい、かわいいおなごがいっぱいいるということで有名な…」
「…法師さま、どういう意味で……」
「でも……これのどこがかわいいおなごだぁ?」
亡霊の顔を見ながら言う犬夜叉。
『そうなんです。私はこの村でこんな顔で生まれました。それでも、あの日が来るまでは仕方ないと思って普通に暮らしてました……』
「あの日って?」
『そう、それは……ある法師さまが妖怪退治のために村に来たときです。』
「それって、この人のこと?」
珊瑚は弥勒を指さす。
「い、いくら何でも私じゃありませんよ。」
『確かその人はとても助平でして……』
「やっぱり弥勒様じゃない。」
さらにかごめも言う。
「わ、私じゃありませんってばっ。」
「うろたえる所がなおさらあやしいのう。」
『でも……確かその法師様ではありませんでした。』
「ほら、そう言っているではありませんか。」
「とにかく続きを話せっ!」
急に犬夜叉が怒鳴った。
「犬夜叉、落ち着いて。すみません、この人短気なんで……」
『はい…そして、周りのおなご達には尻を触ったり何か言ったりするのですが、私には一言もかけてくれなくて……』
「それで……?」
(弥勒様以外にそんな法師さんがいるとは思わなかったけど……)
『法師様が村を去る時、私はどうしても彼に尻を触ってほしくてその法師を追いかけたのですが、この辺で行方がわからなくなって……』
「もしかして、そのまま…?」
『はい、私はそのまま……死んでしまいました……。』
「すると、その法師様に尻を触ってもらえるまで成仏できないと……?」
『いいえ、今はとにかく男の人だったら誰でもよくって、毎夜近くの村の男達に呪いをかけて触らせようとするのですが、何故かいつも失敗してしまうんです……』
「………」
話を聞き終わった直後、犬夜叉一行は何も言えなかった。
「……どうりで村の男達が震えるわけだぜ。」
「確かに、これじゃのう……。」
「……で、どうするの?」
「どうするにしても、弥勒が尻を触る以外に方法はねぇだろーが。」
「あ、いや……犬夜叉が触って下さい。呪いにかけられたのは犬夜叉ですから。」
「なっ…おめーはいっつも女の尻触っているだろーがっ!」
「別にいつもではないんですけど……」
「じゃあ他に誰か触る奴いるのかよ?」
「他に……あ、ここにいるではありませんか。」
弥勒はそう言って七宝を指さす。
「え…オラは……その………」
「そういや確かにおめぇも男だったな。」
「オラは絶対嫌じゃー!!」
「なんか、とんでもないケンカになってる……」
「気持ちはわかるんだけどねぇ……」
『あ……思い出しました。』
「何を?」
『確か、あの法師様の名前は宋鸞です。』
「宋鸞………」
まだ言い争いの途中だったが、弥勒はまたどきっとする。
「法師様……また何か知ってるの?」
「い、いえ、私は何も……」
「知っていそーな顔してるんだけど。」
珊瑚が言う。
「おい、殴ってもいいか?」
犬夜叉も拳を握って言った。
「……仕方ありません。宋鸞は私の…父の名です。」
「…ほう。」
「だったら、やっぱり法師様が一番いいんじゃない?」
「あ…あの、何故私が?」
(今のうちにかごめ達のところへ逃げよう……)
その中で、七宝はこそこそとかごめと珊瑚のところへ歩いている。
「あったりめーだろ、おめーの親父が元でこんなんなっちまってんだから。」
「べ、別に私のせいではありませんよ。それよりも、やはり犬夜叉が触った方がよろしいではないでしょうか?考えてみたら七宝はまだ子供ですし……」
(そうじゃそうじゃっ。)
「てめーまだそういうこと言ってんのか!それに七宝!おめーも逃げるんじゃねえっ!」
犬夜叉は七宝の尻尾をぎゅっとつかんだ。
「な、なぜオラまで巻き込むのじゃ〜!?」
「……どうしよう、かごめちゃん。」
「どうしようって言われても……あ、ねえ、本当に尻触られないと成仏できないんですか?」
『あなた、もしかして尻触られたことあるの?』
意外な言葉にかごめはびくっとした。
「えーと、それは、その……」
『触られたことあるのね……?』
「は、はい……」
とてもいいえとは言えなかった。
『うらやましい〜………』
「………」
(普通こんなのうらやましがるのかしら……?)
「ねえ、そっちは話決まった〜?」
珊瑚が犬夜叉たちの方に声をかける。
「あぁ、七宝になったぜ。」
「し、七宝ちゃん!?」
「七宝ちゃん……本当にいいの?」
「うぅ……」
体中が震えている。当然いいはずがない。
「あんたたち、一体どうやって決めたのよ。」
「えーと、かごめ様がいろんなことを決める時に使う“じゃんけん”とか言うもので……」
「じゃんけん………」
かごめは少しため息をつく。
(じゃんけんは普通そんなことには使わないのよ、弥勒様……)
『あなたが触ってくれるのですか?』
七宝は亡霊の顔を近くで見て、さらにどきっとする。
「そ、そうじゃ…」
『では………』
亡霊はそう言って後ろを向いた。と、同時に七宝の前には自分の四倍はありそうな尻が現れる。
「っ……」
「七宝……大丈夫ですか?」
「心配すんならてめーがやればいいだろ。」
「そ、それはちょっと……」
五分ほど後。七宝はずっと固まったように立っていたが、
「……あぁ、オラにはどうしてもできんわーいっ!」
と叫んだ。
がんっ
「叫んでねぇでさっさとすれ!」
犬夜叉は七宝の頭を殴った。なかなかしないためか、かなりイライラしていたらしい。
「うぅっ……ぅっ…」
頭を押さえて涙目になる七宝。
「ちょっと犬夜叉、殴ることはないじゃない。」
「うるせえっ!」
それを見て弥勒が何か思いついたように
「あ……私がやります。」
と言った。
「弥勒様……」
「けっ、最初っからそういうこと言えばいいんだよ。」
「犬夜叉、これ以上そんな風に言ってると、お…」
「あ゛…わかったよっ!」
(ったく、いつまで待たせるんでいっ。)
「弥勒様、さっきから全然手動いてないんだけど。」
(もう20分ぐらい経ってる……)
「はぁ……」
弥勒はため息を一つすると、
「犬夜叉、さっきの七宝みたいに私の頭を殴ってくれませんか?」
と、とんでもないことを言った。
「……いいのか?おめーのことだから七宝よりも思いっきりするぞ。」
「はい……」
この時、弥勒は少し顔がニヤっとしたのだが、犬夜叉は全然気づかない。
「だったら……いくぜっ!」
拳を弥勒に向かって突く犬夜叉。
みし……
「あ゛…」
「へ……?」
「ほう。」
「…………」
犬夜叉の拳は、ちょうど亡霊の尻に命中していた。弥勒は当たる寸前に避けていたのだ。
『きゃあぁ〜〜〜!!スケベ〜〜!』
シュン……
亡霊は一言そう叫ぶと、すうっと消えていった………。
「弥勒、てめーわざと俺に殴れって言ったんだろ!」
「いやいや、さっきのはただの偶然です。あの時私は少し足が痺れまして……」
「オラはどう見てもわざとだと思うけどのう。」
「珊瑚ちゃん、このこと村の人たちに何と言えばいいの?」
「とりあえず……退治はしたんだからそう言えばいいんじゃない。」
「それもそうね……」
(犬夜叉ちょっとかわいそうだけど……)
いつの間にか夜が明けていた。
執筆最終更新日:2003年11月13日
唯一の犬夜叉オンリーの小説です。でも元ネタはらんまのあの話から……
これはまずとある方に送り、二カ所に投稿したのでやまゆりの小説の中では(これでも)一番流通の多い小説です。
個人的にも気に入ってる話だったり。でも、こんなのはアニメではやらなくていいです。(^_^;)